この作品は、真珠湾攻撃以前の穏やかなホノルルで生まれ幼少期を過ごした著者が、11歳から数年間を、父親の仕事の関係で、戦争に敗れ焼け野原となった日本の渋谷で過ごした体験をもとに描かれた物語。
戦場の悲惨さを直接的に、生々しく描く作品ではない。
描かれるのは、一市民として生きていた少年少女たちの、時計、手紙、楽器、自転車といった、日常に寄り添っていた遺品の数々から連想される平和な日々。
それらを通して、真珠湾攻撃や原子爆弾によって、穏やかな日常がいかに一瞬で断ち切られたのかが、静かに、しかし確かに伝わってくる。
「許せない」と誰かを糾弾し、分断や対立を煽るのではない。
失われた日常の重みをそっと差し出すことで、平和の尊さを静かにリマインドしてくる作品だ。
日本人の視点に立つと、広島の原爆について考えるとき、言葉では言い表せないほど重い気持ちになる。それはごく自然な感情だと思う。
一方で、この作品は、真珠湾攻撃によって多くの若者が命を落としたという事実も、同時に思い起こさせる。
広島と真珠湾——
どちらか一方だけではなく、両方の視点を同時に抱えたまま考えることを、この作品は静かに促し、深い余韻の残る一冊。(語数は4,000語弱で読みやすいです。)